コーヒーのおとも

25年5月に出産。現在産休中です。

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乳児湿疹

生後2週間ごろ、顔だけ湿疹がひどくなりました。
スキナベーブをやめて、固形石鹸を試したり、泡で出てくるボディソープにしたり、保湿剤をつけてみたり、やめてみたり…



結局悪化の一途だったので、小児科を受信しました。
先生は
あーこれならすぐ治るよー、よくあるレベルだよー

とおっしゃっていたので、自力でも治せるようです。
処方してもらったのはこちら。


ステロイドですが、薄く塗って上手に使ってね、とのこと。
確かに薄くで、本当にすぐ治りました!

私は受診してよかったです。
それからもちょこっとできてるな、と思ったら、局部的にちょこっと塗って、すぐ治すことができているので、お守り代わりになっています(^-^)
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母乳について

産後すぐ、完母希望ですか?と助産師さんに聞かれ、ハイ、と答えていました。

私は、母乳が出るのであれば母乳がいいな、ミルクは面倒くさそうだし、お金もかからないし~

くらいのスタンスでいました。
絶対完全母乳!!のつもりはありませんでした。
が、産院では頑張ろう完母!!だったようで、初めから母乳のみ。
慣れない授乳、後腹が痛い、お尻も痛い、歩くこともえっちらおっちら…
産後ハイもありましたが、一日中授乳している状態で、入院中段々辛くなってきました。

極め付けが2日目
・おしっこをしていない!!

ということは、一日中乳首をくわえさせているにもかかわらず、全然飲めていないと言うこと。
これには凹んで夜中泣きました。
娘に申し訳ない、自分が情けない。
最初から混合希望で、ミルクを沢山あげればよかった…

後から振り返ると、こういった経験はほとんどのお母さんがされているようなのですが、そのときは冷静になれなくて。
またこういったことって、母や夫にも言えなくて。
私の場合、うまく助産師さんにも言えずにいました。
でも初めてミルクをあげたときに、ゴクゴク沢山飲んでいる姿を見て、とにかく大きく育ってくれるのが一番、と再認識し、入院中は混合で過ごしました。

退院後は実家に里帰りしましたが、初めは母乳、搾乳、ミルク。
ミルクは40~60程度。
搾乳していたのは、左の白斑が悪化し、咥えさせる度に激痛が走り、授乳がストレスになってしまったため。
ランシノーやピュア馬油のラップケアも効果なく。
必死に色々調べるも、

・赤ちゃんに吸ってもらうのが一番!!
とのこと…

しかし私にはもう耐えられない痛みだったので、藁にもすがる思いで桶谷式の母乳育児相談室へ行きました。

結果、白斑はとれませんでしたが痛みは随分和らぎ、授乳可能なレベルに。
白斑はできているけど、乳腺は詰まっていなかったようで、しこりがなかったのが幸いでした。
それから授乳に痛みが伴わなくなるまで、約一ヶ月かかりました。
ちょうどその頃、悪露も終わり、体が一気に楽になりました。

入院中のこと

私が出産した病院は個人医院で、完全個室でした。
産院を選んでいるときは、個室にこだわりはなかったけど、出産してみて個室で本当によかったと思います。
後腹でトイレに篭ることもできるし(笑)泣き声も気にならないし、お見舞いに来てくれた友人と気兼ねなくおしゃべりできました。

食事もとっても豪華で、毎食楽しみで楽しみで!
毎回テーブルクロスをひいてくれます。
IMG_1885.jpg

母子同室で、出産後すぐに授乳を開始したのですが、とにかくお腹がすいてすいて…
夜中の授乳後は特にぐうぐうだったので、頂いたお菓子を食べまくっていました
そのせいなのか?左乳頭に白い塊ができている…
別記事にしようと思いますが、これが白斑だということは退院後にわかりました。

出産記録

出産予定日は4月20日でした。
早生まれにならなければいいなーと思い、4月を過ぎてから運動を始めました。
もともと運動嫌いの私…
1日1時間の散歩もなかなか苦痛で、ipodを聞きながら娘が通うことになるであろう小学校や中学校の周辺をぐるぐるしたり、
保育園を探しながら歩いたり、
雨の日はマンションの階段を昇ったり降りたり…

ジンクスといわれるオロナミンC、焼肉、雑巾がけ。
色々やりましたが、結局41週になっても出てこないため誘発分娩に。涙
4月予定日だったのに、誘発剤投入のための入院が5/1になり、笑ってしまいました。

IMG_1880.jpg


5/1、1本目の誘発剤を投入前に内診がありましたが、まさかの子宮口は0cm!
先生も笑っていました。
朝の9時から点滴し、夜の9時くらいで終わったと思います。
その間、3時間おき程度に助産師さんの内診があるのですが、これが地獄でした。
1日かけても子宮口は1cmしか開いてなかったため、内診の都度にぐーりぐーり。
「ヒィィィィィ」という悲鳴が陣痛室の外まで聞こえ、夫と母を何度も心配させました。

5/2、2本目の誘発剤を投入。この2本目で開かなければ帝王切開と言われていたため、食事は朝食のみ。
午後2時、ようやく子宮口が3cmに!
しかしこのころすでに5分間隔の陣痛になっており、激痛に次ぐ激痛。
夫も母も腰をずっとさすってくれていましたが、何をしても痛い痛い痛い!
合間の内診はもっと痛いー!!!恐怖と痛みのあまり、手足がしびれて過呼吸になりビニール袋を当てて呼吸していました。
もう何度も「帝王切開にしてください」と言おうかと思いました。
母も喉まで出掛かっていたようです。


無痛分娩を予定していたため、5~6cm、子宮口が開かないと麻酔が打てないとのこと。
ようやく5cmになったのは深夜1時。5分間隔の陣痛を12時間味わいました。
たまたま夜勤で麻酔の補助をしてくださった助産師さんが師長さんだったので、このときは本当にほっとしました。
それまで新人助産師さんにも内診されていたのですが、新人さんの内診は格別に痛くて…
一生懸命やってくださっているのはわかるのですが、こちらに余裕がなかったので、ここ一番(?)で師長さんだったのはラッキーだなあと思います^^

麻酔を打ってからはMAXの痛みからすると40%程度に落ち着き、このあたりでようやく朝食以来の水分をとることができました。
深夜にゆるゆると子宮口は開き、8cmになったのが朝の8時頃。ここで分娩台にあがりました。
分娩台にあがってから必死に息み、40分程度で「ほにゃあほにゃあ」と弱めの産声が。
私は「ああ終わったんだ、やっと産まれてきてくれた~」が最初の感想で、その後すぐ、立会ってくれた夫に指が全部5本ずつあるか確認しました。

男の子でも女の子でも、とにかく五体満足で産まれてきてくれればそれでいい。
妊娠中、これだけを考えて過ごしてきました。
まずは、無事に産まれてきてくれてよかった。

妊娠記録

妊娠がわかったのは2012年8月。
生理前のようなお腹の違和感を覚えたものの、きっちり28周期できていた生理が3日遅れ、まさかと思い初めての妊娠検査薬を購入しました。
早速試したところ、結果は陰性。
なーんだ、残念と思ったものの、その後1週間たってもやはり生理がこず。。
もう一度試したところ(二本入りでした。笑)陽性反応が出ました。
職場の夏休み最後の日でした。

私はつわりがとても軽く、食べられないものもなかったし、食べづわりもありませんでした。
通勤電車に酔いやすく、途中下車することはありましたが、吐くことはなく。
体調不良で遅刻・早退・欠席は一度もなかったので、健康優良妊婦でした^^

葉酸と大豆レシチンのサプリメントだけは欠かさず飲み、妊娠前から愛飲していたサジーは1.5杯に増やして栄養補給をしていました。
フィネスのサジー

大豆レシチンについては別記事にしたいと思います。
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